マツコ・デラックスがZ 世代が重視する価値観に毒舌全開
“タイパ”に苦言続出するのはなぜ?
職場で挨拶をせず帰宅する。
長時間動画を超倍速視聴する。「それってタイパがいいていうの?」
タイパとは、
タイムパフォーマンスの略で、かけた時間に対する成果をいいます。
タイパがよいとかタイパ高いとか使うそうです。
そのため、まとめサイトやショート動画などがとりあげられます。
タイパを意識したコンテンツが選択されるようになってきました。
また、プロダクトアウトする側も、Z 世代を意識した番組作成をしています。
まとめやショート動画などで、構成する情報番組がふえる傾向にあるとの事です。
タイパが高いとされるコンテンツとは?
意外ではありますが、Z 世代にラジオ番組が見直されているのはなぜでしょうか?
ながら視聴という事ですか?
・Z 世代の 28.0%が音声メディアを月に数回以上利用している
・Z 世代の 2 大音声メディアは「ラジオ」と「ポッドキャス
ト」
・音声メディアを使用するきっかけは「アプリ」
・Z 世代の 41.4%が音声メディアを好む理由は「ながら視聴に
良い」から
・音声メディアは就寝前や作業中などリラックスタイムのお供に聴かれる
・音声メディアでも支持の高いコンテンツは「音楽」
・Z 世代は視聴したい番組があるときだけラジオ視聴する
・ラジオで訴求された商品・サービスには Z 世代の過半数が反
応する
そんな Z 世代が、否定する事があります。
上司とあいさつだけしかしないそうです。
挨拶すらしないといった Z 世代も増えているそうです。
例えば、長い時間コミニュケーションを取ります。
それにより得られたり報酬やスキルなどがあります。
効率が悪いと感じた時があった場合。
そのような行動につながっていくのではとおもわれます。
ようするに、即成果、結果がすぐ体現出来なければダメなのです。
そういった事柄を重視し志向するようになっているという事です。
長い時間かけてコミニュケーションをとらなければならない人がいたとします。
かたやノリが良く気軽に相談にのってくれる人がいたとします。
そんな身近な人のほうが、タイパが良いとして指示されるわけです。
例えば、逆に長い時間をかけて読書をします。
それか山登りやハイキングなどしたりする事もあります。
それらはタイパが悪いので敬遠されてしまうという事なのです。
じっくりと物事を考察したりする事。
観察したりなど習練などをする事なども大きな価値観を生み
出す事があるのです。
情報などが氾濫している世の中でそれを阻害している要因があります。
それはなんなのかという事も考察していかなければならないでしょう。
又、
コスパという言葉がもてはやされていた時がありました。
バブルも終わりデフレが社会問題化されていたときがありました。
その時出てきた言葉だとおもいます。
コスパとは、コスト=質>お金>量
であったのです。
インフレが進む現社会においては、
コスト=お金よりも、時間>質>お金>量
の図式が成り立っているのだと思われます。
Z 世代にとっては、時間は、限られていると感じています。 その限られた時間の中をどう過ごすかを考えています。
その中でいかに情報を処理する事に重視しています。
社会の歪みが見えるようにおもわれるます。
また、
じっくりと時間をかけたり物事を取り扱う事などがあります。
その事の重要さや大切さなど価値観を見出せてないわけです。
価値観を見出せるような事柄などを発信しなければなりません。
それを発信する側も留意する必要があるのではないかと思われます。
Z 世代(1996~2012 年に生まれた層)においては、情報が溢れいます。
現代社会において消費行動を行います。
それにあたって自身がわざわざ消費する必要があるかないかという点を強く考慮に入れる傾向があります。
ここで言うわざわざとは、再現性の高い消費を皆に倣って行います。
自身のリソース(金や時間)をわざわざ割く必要があるのでしょうか?
考慮することもそうですがその消費を行う事で得られる費用対効果を考えます。
わざわざ消費することで得られることはあるのかと考慮することも含まれます。
2010 年頃ですが女優の上戸彩を起用した日本通運の CM にて「コスパで選んでる?」
とコスパという言葉が使われたこともありました。
大学生の多くが事あるごとに何かとコスパ、コスパと唱えていたことを覚えている読者もいるのではないでしょうか。
コスパとはもちろん「コストパフォーマンス」の事を指します。
支払った費用(コスト)と、それにより得られる効果(パフォーマンス)を主観で比較した際に、低い費用で高い効果が得られれ
ば「コスパが高い」わけであるというわけです。
コスパに代わるタイパとは?
今では普通に使われるようになったコスパです。
Z 世代においてはコスパに代わる「タイパ」を追求することが主流な価値観となっています。
タイパとは「タイムパフォーマンス」の略で、費やした時間に対する結果の満足度を表しています。
すごく簡単に言えば極力にして労力(時間)をかけずに満足感を得たいわけということてす。
情報が溢れている現代社会においては処理しなくてはいけない情報が多すぎる一方で、消費したいこと、消費したいモノなども以前に増して増えている。しかし、消費者個人のリソース(時間や金)には限りがあり、それを如何に配分するかが焦点となる。前述した「わざわざ消費をする必要があるか考える」という価値観は正に、タイパを重視しているからと言えるだろう。一方で、若者の言うタイパには、モノやサービスを消費する際にかかった時間とその消費対象から直接得た効用がかけた時間に見合っていたか、という文脈で使われるのみならず、その消費結果をフックに他人とコミュニケーションをとる際に如何に時間をかけずに、満足のいくコミュニケーション水準まで自身の経験値や知識量を増やすことができるかという文脈でも使われているようである。2022年10月14日放送のテレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」において集英社少年ジャンプ+の細野修平編集長もインタビューで答えていたが、若者にとっては、5分間漫画を読むよりも、5分間動画を視聴する方がタイパがいいらしいのだ。ここでのタイパとは5分間でいくつのコンテンツが消費できるのかという費用対効果の側面ではなく、消費したコンテンツをフックに他人と(主に友人と)コミュニケーションをとる際に、マンガの場合ではコミックスを購入する支出やそれを読むための時間が、YouTubeやTikTokの動画をきっかけにコミュニケーションをとるよりも全ての面でコストがかかってしまいタイパが悪いと判断されてしまうらしい。確かに映画の映像を無断で使用し、字幕やナレーションをつけて10分程度に要約した「ファスト映画」に需要があったのも、映画一本丸々を視聴しなくともストーリーとオチさえわかればその作品に関しての話題を他人と共有できるわけで、そのような視点からはすこぶるタイパが良いと言えるだろう。また、消費に失敗したくないという考え方や、わざわざお金を出して自分が視聴する必要があるのかを考えるという消費行動パターンを考慮すると、ファスト映画に需要が生まれてしまうわけである。
また、オタクという言葉が自身の趣味・趣向を表すアイデンティティという意味と同義で使われるようになった現代社会において、自身が何かのオタクであることを公言することはごく普通のこととなり、オタクであることをフックに他人とコミュニケーションをとろうとする若者も多く散見されるようになった。従来、好きなものに熱中することがオタクになる(オタクである)事であったのだが、どうすれば手間をかけずにオタクを名乗れるのかを追求するZ世代も増えている。映画を例に挙げると、他の映画の熱烈なファンに何の映画を見ればオタクを名乗れるのか、最短でオタクになるには何を見ればいいのか、とSNSを通じて質問している若者も多い。またファスト映画に限らず、ネタバレサイトなどを利用し、結末を知ることでその作品を消化しようとする者もいる。このような消費者にとって映画はディテールや登場人物の心理描写を鑑賞するものではなく、その作品を見たという事実を得るための消費物なのである。
3――タイパから見るサッカー
昨今では、若者のスポーツ離れという言葉を耳にすることも増えた。特にサッカーにおいては、本来は90分間、その瞬間瞬間が生み出すストーリーを消費して楽しむことが普通だったが、最近では試合内容よりも、群衆の盛り上がりそのものから高揚感を得るような若者も増えており、サッカーの試合観戦は本質的に「コミュニケーションツール」としての側面が大きくなっている。多くの動画配信サービスでは倍速視聴の機能を擁し、それをプロモーションの売りにしていることも多い。また、YouTubeにおいては地上波の番組よりも動画の尺がそもそも短いにも拘らず、最近ではTikTokのようにより短い時間で視聴者が満足いく動画が選好されるようになると、YouTubeの尺は長いと判断され、YouTube本編の動画のハイライトを切り抜いたいわゆる「切り抜き動画」に高い需要が見出されている。このようにサッカーファンではない層においては勝敗、得点、失点の場面場面を把握できていればサッカーというコンテンツを用いて十分に他人とコミュニケーションができるわけで、SNSのタイムラインで友達が盛り上がっている時を見計らって、チャンネルを合わせればご丁寧にそのシーンのリプレイが流れており、90分間テレビにずっとかじりついていなくとも、得られるコミュニケーションの質は同じだと、感じているのかもしれない。
本レポートでも紹介した通り、若者の間で使われているタイパは、消費結果をフックに他人とコミュニケーションをとる際に如何に時間をかけずに、効率よく満足のいくコミュニケーション水準まで自身の経験値や知識量を増やすことができるかという文脈で使われている。この文脈においては、コンテンツは如何に効率よく消化できるかという対象であり、本来の鑑賞やそのものから得られるエンタメ性よりもコミュニケーションツールとしての側面が期待されていると言えるのではないだろうか。一エンタメファンとしては、文字通りファストフードの様に手っ取り早く、深い感動も生まれない消費のされ方に一抹の寂しさを感じなくもないが、若者に限らず我々は日常生活を通して、「ながら消費」を行っており、このようなタイパを追求した消費方法は、情報が溢れ過ぎている現代社会において効率性を追求した消費の一様式なのであると筆者は考える1。
1 ファスト映画を肯定するわけではないし、エンタメを消費したいという欲求がインスタントな方法で充足されていくことを望ましいとは思っていない。

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